翻訳

実務翻訳者になるには(心構え編)

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私には子供がいて、海外育ちなので英日バイリンガルである。そして彼らはアルバイトで翻訳をしたりしている。英日だったり日英だったり、それぞれ得意分野があって、その方面で単発的に仕事を受けている。もちろん翻訳スクールに通ったことなどないし、翻訳者を目指してもいない。とりあえず現時点で収入を得るためにやっているので、彼らにとっては割のいいバイトでしかない。

しかし。

日本語のネットなどの情報を読むと、翻訳者志望の人が長年翻訳スクールに延々とお金と時間をつぎ込んでいるそうで、それを知ると非常に不思議な気持ちがするのである。

そしてそういった傾向は、翻訳者に限らず、日本人の多くに見られるのだが、何かを目指した時に日本の人は「とりあえず学校に通う」ということを考えるように見える。

確かにネットがない時代、すべての情報は一部の専門家の手の中にしかなかったので、必然的にそれらの情報にリーチするためには、有料の学校に通うというのは有効な手段だったと思う。

しかし、時代は変わった。

今では専門家が執筆した書籍はデジタル出版され、どんな田舎に住んでいようとネット環境とクレジットカードがあれば、瞬時に購入して手元のデバイスで読むことができる。論文であってもネットで公開されているものはすぐに読むことができる。世の中には殊勝な方がいて、非常に有益な情報を無料で公開してくださっていることも多い。つまり求めれば情報はかなりピンポイントに与えられる環境になったので、自宅からアクセスできる範囲内にある有料のスクールに通う必然性がないものもある。もちろん、依然としてスクールの価値が下がっているわけではないし、コーチングを受けるという付加価値もあるので、すべてが無駄だとは思わないが、それでも無料または従来のスクール料金に比べると格段に低価格で各種情報やTIPSを得る環境がありながら、こと翻訳において、スクールに通うということが、選択肢として良いとは全く思わないのである。

このエントリでも書いたが、私の知る現役の翻訳者の中で「翻訳スクールに通った、または翻訳の通信教育を受けて翻訳者になった人」は一人もいない(ただし、通訳になると話は別で、特殊な、たとえばゲーム通訳などを除けば、通訳スクール出身のプロの通訳者は多い)。

とくに実務翻訳の世界で最も大切なことは「業務知識」の方で、難しい構文の英語をキレイに訳すことよりも、内容を十分に理解して等価の文章を母国語で組み立てられて、それがユーザに過不足なくパーフェクトに伝わる文章をアウトプットできればいいので、英語能力よりも、内容理解能力の方が数倍重要なのである。

私自身は元々システムエンジニアで、自分自身もプログラミング言語を複数扱えるのと、もちろんビジネス経験があるので、ビジネスコンテキストのIT文書を理解することは難しくない。しかし、たとえば英文学を専攻して英語が得意な人が、ビジネスコンテキストの英語を問題なく訳せるかというと、それはもう「門外漢」のレベルで太刀打ちできないと思う。逆に私自身は、医療医薬分野の翻訳は無理ゲーなので(実際は、その場その場で調べながら何とか訳を作り出したことはあるが)それが専門家から見てパーフェクトな理解なのかは、甚だ心許ないのである。英文学を専攻した方は、文芸翻訳や映像翻訳を目指すのが一般的だと思うので、そちらでがんばって頂きたいのである(私にはできないことなので!)。

ここから本題だが、実務翻訳者になるには、翻訳スクールの通学歴の有無は一切関係なく、

1)翻訳の求人に応募する

2)トライアルに合格する

3)仕事を受けて期日までに納品する

4)報酬を受け取る

だけのことなのである。翻訳者になりたいという人は、翻訳スクールにおける評価をあげて無事卒業することを目的にしてはいけない。目的は

翻訳をして報酬を得る

部分である。スクールで表彰されることでもなく、稼げるようになることである。

日本の学校教育では、この辺りを教えない。全うにまじめにすべてのステップを踏んで最終的に良い成績をとれば、自動的にその次に良い未来があると思い込まされているが、世の中はそんなキレイな階段があるわけではない。最初から階段の上にいる人もいるし、個体能力が凄すぎてスピード違反レベルで早く駆けあがれる人もいれば、人とお金とツールを使って、真面目な人から見るとズルをしているように見える方法で駆け上がる人もいる。最終的な評価は「稼いだもの勝ち」の世界である。どんなにスクールの成績が良くても、実際の仕事経験がなければ、あなたの職務経歴書がキラキラになることはない。

翻訳の仕事の中には、翻訳に関する資格を持っていた方が有利なことはある。特に大手の仕事を取ろうと思うと、その資格を持っている人にしか門戸が開かれていないことがある。そのため、今後も長く翻訳の仕事をしていこうと思っている人は挑戦してみるといいと思うが、私自身は特におススメしない。資格がなくてもできる仕事が世の中には山ほどあるし、また翻訳の仕事の数年先がどうなっているのか分からない以上、この仕事に全面的に人生をかけるのもリスクあるなと思っているので、今できることでサクッとお金を稼ぎつつ、次の一手のための勉強をする時間を確保することが、さらに重要なことである。

翻訳スクールに時間を奪われるくらいなら、できるだけ多くの仕事に応募してトライアルをバンバン受けてみることを強くオススメする。