ちょっと逆説的だが、面と向かって「私、翻訳の仕事の興味があるんですよねー。どうやったらなれるんですか?教えてください!」と言われて、その後本当に翻訳者になった人を私は一人も知らない。
割と長いこと海外に住んでいたが、翻訳者のオフ会などを除けば、偶発的に翻訳者にリアルに遭遇したのは過去3人しかいない。現役の医師で週末に医学論文を訳しているという豪州人、香港から韓国への飛行機の中でたまたま隣に座った韓国人の男の子(彼はその後ゲーム専門の英韓翻訳者として独立)、そして実際は通釈者だが時々翻訳の仕事もするという国際結婚をされた日本人女性。私も含めその誰もが翻訳を志した人ではない。ただし業務知識はもちろんある。
文芸翻訳とは異なり、実務翻訳の世界では、その実務に理解がないのは致命的で、質の高い翻訳というのは、つまるところ内容の圧倒的な理解に裏打ちされたものなので、「英語が好きなので翻訳やってみたいです!」という層は、実務翻訳の世界では圧倒的に不利である。英語が好きで好きで、という方は文芸翻訳や字幕翻訳などを目指すと良いのではないかと思うのだが、このエリアは競争が激しい。
翻訳者に向き不向きがあるかというと、本人にその意志があるならあまり関係ないと思うが、絶対に無理だなと思うタイプの人がいる。それが冒頭の「どうやったら翻訳者になれますか?」という質問を不用意にしてしまう人である。(ちなみに、海外に住んでいると駐妻さんがリップサービスの様にこういう質問をしてくるので、その場合は「つまんない仕事よ、腰痛にもなるし、徹夜とかもしちゃうし」と返すようにしている。だいたい仕事なんてしなくていい駐妻というステータスをマウンティングされているだけなので(笑))。
翻訳に限らず、一人で独立して仕事をしていく以上、基本的にすべてを自分で解決しなければならない。誰かに何かを聞いて答えてもらえる環境にないからだ。ぶっちゃけ個人で独立して仕事をすると、請求書の書き方や税申告、クライアントとのメールのやりとりについても、すべて自分でなんとかしなければならず、それを知って始めて「会社勤めならこんな面倒なことしなくていいのに」と思う人もいると思う。でも現実に目の前に仕事がある限り、納期までに何とかしなければお金にはならない。
つまり、翻訳者としての基本スキルの問題はおいておいて、翻訳者に絶対向かない人の資質として「他者依存度が高い、自立的ではない人」ということは言える。そういう人は逆にコミュニケーションには長けているので、そもそも自分一人自宅でPC前で黙々と作業する仕事を志向するとは思えない。人間とは、うまく棲み分けができているなと思うのだが、ときどきファッションとして翻訳者を目指すも、芽が出ずに時間を浪費してしまう人もいるので、どの仕事を志すかにかかわらず、自分の強みと弱みはしっかりと分析して仕事を選んだほうがいいなと思う次第である。